FP/07

ル・シュクレクール 番頭
横田 益宏

banto
Masuhiro Yokota

ロンドン放浪から帰国後、クラブ勤務を経て、ル・シュクレクールの番頭さんに。

和食

靭本町 がく
ウツボホンマチ ガク

僕はこの店に常にズルさを感じています

 

大阪市西区靭本町は靭公園を中心にオフィス街と住宅地が隣接。周囲にはイタリアンやショコラトリー、ワインショップが点在。平日と週末で暮らしのスピードが変わる、そんな街に<靱本町がく>はある。

店は2013年4月オープン。 ご主人の今川岳さんは、浪速割烹<㐂川>で9年。日本料理の研鑽を積み、その後、「独立する前にサービスやシャルキュトリーのことを勉強したくて」と堺筋本町のビストロ<ル・ヌー・パピヨン>で1年あまりマネージャーを務めた。

日本料理を下地に、四季の移ろいを皿の上で表現する料理は、おまかせ12品13,000円のコースのほか、日替わりの一品料理が60品以上。ワインの品揃えにも定評があり、幅広い層から支持されている。

今回は靱本町がくの顧客の中からブーランジュリ<ル・シュクレクール>の横田益宏さんに登場いただいた。

 横田さん「最初に岳さんとお会いしたのは2012年の<ル・ヌー・パピヨン>です。そのときはマネージャーをされていたので、料理人とも和食の人とも思ってなかったんです。だから、岳さんから『独立して和食をやる』って聞いたときは衝撃でしたね。しかも、岳さんが『ふらっと寄れるお店を目指してるから』と言っていたので、美味しい居酒屋やるのかなぐらいに思って、ふらりと立ち寄ったらマジの割烹で戸惑ったのを覚えています」

 横田さんはブーランジュリのサービスマン。日頃、フレンチやイタリアンで食事する機会はあるが和食との縁が少なく、<靱本町がく>にも最初は「岳さんに会いに」と興味本位で伺ったという。しかし、店の雰囲気、立ち振る舞いやもてなしがあまりにも自然体で、何度も通ううちにその心地良さの虜に。今では唯一、日常遣いする割烹手札となっている。

 筆者「正直、横田さんが和食の店に通っていたのは意外でした」

 横田さん「前職の夜の仕事ではずっと、お酒を作ったりサービスをしていたんです。でも、シュクレクールへは、何を血迷ったのか未経験ながらパンの製造希望で応募して。面接の席で、オーナーシェフの岩永に、『パンを作りたいんです』と話し始めたら、その『たいんです』にかぶさるくらいの速さで、『君は表に立つ側の人でしょ』って言われて。会って2分で見抜く方がすごいのか、見抜かれるくらいだだ漏れなのかはわかりませんが、とにかくそのくらい僕は、作り手側ではないんです。だから料理のパーツをほじくって構成の分析するとかには、まったく興味はなくて。そこでどういう満足を得るのか、そこで過ごす時間はどうだったのか。極端な言い方をすれば、料理や人に、宇宙とか愛とか物語性を感じられるお店に惹かれるんですよね。」

 筆者「確かに横田さんが早朝、粉にまみれながら 厳しい修行に取り組んでいるのを、失礼かもしれませんが、全く想像できない...笑。でも今は完全にシュクレクールのフロントマンとしての役割を担っています。まるで腕利のシェフとコンビを組む名物支配人やソムリエのように。最初からそうなるイメージをしていましたか?」

 横田さん「若かりし頃は、独立しようという意識が強かったんです。それでサービスやマネージメントを夜の世界で学んでいきました。独立を一緒にしようと思っていたパートナーのような人間もいたんですが、時間を経るごとに、意識の差が広がってしまい、結局は破綻しました。それが29歳。20代は徹底的にインプットしようと決めて、独立に向かおうと考えていたので、これから迎える私の30代はどうなるのだろうと、焦燥感が強かったです。誰かと一緒に起業する難しさにぶつかり、けっこう疲れてもいました。そんな時に出会ったのがシュクレクールで」

 筆者「なるほど、そんな挫折感のようなものを味わった横田さんだからこそ、シュクレクールに入店して数年間で現在の立ち位置を確立することが出来た。その理由がよくわかります。でもなぜ夜の世界から朝の世界というか(笑)、シュクレクールというパン屋さんに?」

 横田さん「シュクレとの出会いは全くドラマチックではないです(笑)パンが好きなお姉さんを喜ばせようと、美味しいパン屋さんを探して買いに行って、帰り道で一個食べたら衝撃を受けた感じです。その店がシュクレクール。この人が作るパンを自分で作れるようになったら、一人でお店できるじゃん、という短絡的な発想から飛び込みました。前述の友人との意識の差で、うんざりしていた時だったので、ここならそんな意識をぶつけられるかも、とも思いました。なので入店から3年はめちゃくちゃ働きましたよ。すごく好きだったはずの彼女とも、仕事に打ち込めないと思って、お別れしたくらいですから」

 筆者「私は今の話を聞いて、横田さん自身に宇宙とか愛とか物語性を感じています(笑)。話を今川さんのお店に戻しますが、今川さんのお料理を初めて召し上がられた時のことを教えてください」

横田さん「引き算の料理にカルチャーショックを受けました。和食ってそういうものだと言われているけど、ここまで潔いとは…。その驚きや喜びは回を重ねるごとに増していきました。食後にDNAが喜んでいる感じ? 体に無理がかかってないから美味しく帰れるんですよ」

 昔から京都の割烹は素材重視の“持ち味”、大阪の割烹は分かりやすく旨い“喰い味”といわれるが、「元々、淡い味が好き。一番はいい素材を使って、いい出汁を取ることが大切で、あとはそんなに手を加えたりしない」と今川さん。

さらに、今川さんはお客の気分や腹具合に応じて瞬時に料理を変える浪速割烹ならではのライブ感を大切にしている。そのもてなし感覚を、横田さんは敬意を込めて「ズルい」と評する。

横田さん「例えば、『この雲丹、一口だけご飯と食べたら美味しいだろうな』とか僕がしゃべっているのを全部聞いていて、後半にさっと提供してくださるのもズルい(笑)。僕はどちらかというと作為とかアイデアとか、自分の世界を強く出してしまうタイプ。で、おもしろい喜びを自分で作って、みんなとそれを分かち合いたい。でも、岳さんは柳のように飄々とおられるのに、人が心地よいと感じる自然な流れを作る。だから人工的なものと自然なものぐらい対極にかもしれない。男女だったら、恋に落ちてますよ」

料理写真
昆布〆鮎魚女の湯霜造り 素揚げ水茄子の昆布出汁浸し 生海苔海水ジュレ 山椒の花・葉 梅あん 塩昆布

和食に不慣れな世代にこそ、通ってほしい店

今川さん「靭本町で店をしたのは僕が住んでいる場所だからで、暮らしている年代や層が大体分かるんです。このあたりは僕と同世代の30~40代の人が多くて、料理に興味はあるけど和食をあまり食べたことがない人たち。そんな方々に食べてほしいという気持ちがあったからこの場所を選びました」。

<靱本町がく>は、オープンした年にミシュランの星を獲得したため、すでに食通の間では馴染みの場所になっているが、実は客層は老若男女問わず、幅広い。それには、若者の和食離れに一石を投じたいという、今川さんの想いがあったのだ。

横田さん「良いお客さんがついてはります。ここへ来て、隣合わせた人とお話をさせていただきますけど、絶対に嫌な空気になったことが無いですね。色んな年代や国籍の方、ときには店の外に黒塗りのハイヤーがズラッと並んで、重役の方ばかりのときもあるけど、みんなが心地よく過ごしている。安心して、大切な人を連れていきたくなるお店なんです」

今川さん「ウチは料亭でも居酒屋でもない、カウンターの割烹。それこそ彼(横田さん)みたいに和食を食べ慣れていない人も来る。インスタ女子も来ます。店では本日の食材をネットに毎日あげるんですけど、それを見て色んな人が来てくれる。雑誌の取材を全部受けているのもそう。何か心に引っかかってくれれば、いいなと」

路地裏にポツリと明かりをともす<靱本町がく>の佇まいは、通りすがりに飛び込めるほどその扉は軽くないが…?

今川さん「ウチは飛び込みでなかなか入りづらいのは分かります。だから、勇気を出して店に入ってもらったときに、2~3時間過ごして、普段食べないようなものを楽しんでもらって、料理で季節を感じてもらって、『居心地良いですね』『また来たいな』って思ってもらえるように心がけています」

「肩肘張らずに『楽しかった』と思ってもらえるのが一番」

今川さんがこの言葉を何度も口にしていたのが印象的だった。
我を出さずに、お客の気持ちに寄り添う。
それが最高のもてなしだと信じているからだ。

PHOTO by Teruo Ukita   TEXT by Taro Fukuyama , Masaaki Fujita

靭本町 がく

〒550-0004
大阪府大阪市西区靭本町1-14-15本町
クイーバービル1F
TEL:06-6479-3459
17:00~22:00(L.O.)
日曜・祝日休